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【悩んでいる人必見!】悩みを徹底解説!そして悩みの解消・緩和方法を伝授します!!

はじめに

ハァー……

うむ?
どうしたのだ、なんだが元気がなさそうだな。

実は今「人間関係」で悩んでいるんですよ……

……そうか。
残念なお知らせだが、この私の力を駆使しても「悩み」というのは絶対に消すことはできん。

やっぱし、そうですよね……

だが、「解消・緩和」することはできるぞ。
それを貴様に伝授しようではないか!


人間、生きていると悩みの一つや二つは必ず出てきますよね。
悩みというのは小さいものから大きいものまで千差万別。

結論だけ先に書いておきます。

全ての悩みは対人関係にあり、宇宙空間でただ一人生きる以外、悩みを無くす方法はありません。

なので悩みを消すことは絶対にできません。
しかし、解消や緩和することはできます。

今回はそんなあなたの悩みを解消、緩和する方法、そして悩みと向き合う方法を伝授しようと思います。

そもそも悩みとは?

まず最初にあなたは「悩み」というものを理解しておかなければなりません。

個人一人だけで解決出来てしまう内面の悩みというものは実は存在しません。
どんな種類の「悩み」は例外なく「他者」というものが存在します。

例えばあなたは学校に行きたくないという悩みを抱えてたとしましょう。
では、なぜ学校へ行きたくないのでしょうか?

「苛められる。」「バカにされる。」「人とコミュニケーションが取れない。」「嫌いな人がいる。」
他にも理由はたくさんあるでしょう。

しかし、これらの理由すべてに「他者」が関わっています。

上記以外に書かれている悩み以外のものがある場合は一度客観的に見てください。
必ず【他者】の影が見えてくるはずです。

今度は仕事で考えてみましょう。

「嫌な上司がいる。」「職場の人間関係。」「怒られるのが苦痛。」「仕事が楽しくない。」
これらの理由もまた【他者】の影が潜んでいます。

他にもいろんな悩みがありますが、それらの悩みを一度考えてみてください。
必ず【他者】の影というものをあなたを実感することでしょう。

確かに私の悩みも「人間関係」の悩みだから他者の影が存在する!

悩みは全て「対人関係」にあるからな。
自分一人だけで発生する悩みなどありえないのだ。

※これは余談ですが、仕事というのはご存知だと思いますが他者に貢献することを指しますので、そもそも自分以外の人がいないと【仕事】という概念すらなくなります。


人は常に他人と比較しながら生きている

では、なぜすべての悩みというのは対人関係が関わってくるのでしょうか?

それは人が劣等感に苛まれているからです。
自分の容姿や学歴に職業、年収や社会的立場など、人は常に他人と比較し競争して生きています。

その結果、「私は~より劣っている。」「私はブサイクだ。」「私は頭が悪い。」
と常に他人と比較しながら生きているからです。

人生というのは他者との競争ではありません。

人生は競争ではない

でもでも、人よりうまくなりたいとかあの人より強くなりたいと思うのは普通じゃないの?

うむ、これはまた後程説明するが、そういう考え方は実は「学校の賞罰制度」の賜物なんだ。
これは非常に良くない考え方だと私は思っている。


「他人と比較し競争しながら生きるのは当たり前じゃないの?」
と多くの方が思っていますがこれは大きな間違いだと私は思います。

人生とは「競争」ではなく「共存」にあります。

多くの人の人生のイメージは他者を蹴落としてでも登っていく階段をイメージしていると思います。
しかし、この「競争」の果てに待ち受けるものは、心の安まらない永遠のバトルロイヤル。
PUBGApex Legendsの始まりです。

負けたくない。他人を信じることができない。常に勝ち続けなけらばならないという重圧の中、日々を過ごす未来です。

 ※PUBGやApex Legendsは最近流行りのバトルロワイヤルゲームの事です。

承認欲求を否定しなければならない

さて、悩みというものが何となく分かってきたと思います。
それでは本題の悩みを解消、緩和するにはどうしたらいいのか?

それはあなたの承認欲求を否定しなければなりません。

恐らくあなたは今、人は承認欲求を満たすことによって人間は突き動かされるものだと憤慨していると思います。

確かに他者から承認されることは嬉しいものです。
しかし、承認は絶対に必要かと問われるとそれはNOです。

えっ!!!人は褒められたら凄く頑張っているじゃないんですか?
そんなの絶対おかしいよ!!!

確かに、その通りだがはたしてそれは「自分の人生」と言えるのか?

自分の人生?

学校の賞罰教育の賜物

そもそも、人はどうして承認を求めるのでしょうか?
それは学校の賞罰教育の影響を受けているからです。

適切な行動をすれば褒めてもらえ、不適切な行動をすれば罰せられる。

こうした賞罰教育の先に生まれるものは褒めてくれる人がいなければ適切な行動をしない。
罰する人がいなければ不適切な行動もとってしまう誤った教育です。

例えばあなたは何かやりたいと思い地域のゴミ拾いをやろうとしたとします。
誰もあなたがゴミを拾ってたとしても気づかず、気づいたとしても誰からも感謝してもらえないです。

そんな状況に陥った時、あなたはゴミを拾い続けますか?
ゴミ拾いをやっている理由を「自分で見つけている人」は続けるでしょう。

しかし、「誰かに認めて欲しいから」という思いがある人は「二度とやるか!」と憤慨しPCに直行しPUBGをやり始めるでしょう。

 ※おじさんはゲームが好きなのでちょくちょく出てきます。すいません><

賞罰教育の悪いところはここにあります。

褒めてもらいたいという目的が先で、ゴミを拾う。
そして誰からも褒めてもらえなければ、もうやらないと思ってしまう。

これらは間違った生き方です。
私たちは究極的に自分の事を考えて生きています。

こんな言葉があります。

「自分が自分のために自分の人生を生きていないのであれば、いったい誰が自分のために生きてくれるのだろうか。」

承認欲求の危うさは、他者からの承認を求め、他者からの評価ばかりを気にしている点です。
他者からの評価ばかりを気にすることは最終的には他者の人生を生きることになります。

承認されることばかりを願うあまり、他者が抱いた「こんな人であったらうれしい」という期待をなぞって生きていくことになります。

つまり、本当の自分というものを捨て、他者に合わせる人生を生きることになります。

もしあなたが「他人の期待を満たすために生きていない」のだとしたら、他人もまた「あなたの期待を満たすために生きているのではない」のです。
そう、 人間は究極的に自分の事を考えて生きているのです。

だから相手が思い通りに動かなくても怒るのはお門違いです。
それが当たり前なのです。

自分と他者の課題を分離する

私もまた、究極的に自分の事を考えて生きているんだ。

それは理解できたけど、じゃあ結局どうすればいいの?

それは「自分と他者の課題を分離する」だけなんだ。


身勝手で自己中心的な生き方をすればいいのか?
と考えるかもしれませんが、そういう生き方をすれば生涯孤独な人生を歩むことは必然です。

そこで、大事になってくる考えは「自分と他者の課題を分離する」という考えです。

「勉強しなさい!それまではゲームはさせませんからねっ!」
これはお恥ずかしながら管理人が母親に怒られている思い出です。

あなたはこれに近しい経験はありませんか?

この【勉強をする】と課題があった時に【この課題は誰の課題なのか?】という考えが必要になってきます。

本来これは【子どもの課題】であって、親の課題ではありません。
勉強することは子どもの課題です。

そこに親が「勉強しなさい!」と他者の課題に対して土足で踏み込んでいます。
だから子どもは「うるさいなぁ」とか「めんどくさいなぁ」と反感を抱いたり、時には喧嘩にも発展することでしょう。

このように他者の課題に土足で踏み込むと衝突は避けられません。
どうですか?あなたも「そういえば……」なんてことはないですか?

あらゆる対人関係のトラブルは他社の課題に土足で踏み込む、もしくは踏み込まれる事によって生じるのです。

その結果「悩み」を抱えることになるのです。

悩みを解消する方法、それは自分の信じる最善の道を選ぶことただそれだけです。
簡単に言うと、「自分がこれ!」と決めたものを他人が何と言おうと気にしない考え方です。

その結果、その選択について他者がどのような評価を下すかは他者の課題であって、あなたにはどうすることもできません。

な、なるほど……
奥が深いです。

最後に整理してみようか。

① 全ての悩みは対人関係にあり、宇宙空間でただ一人生きる以外、悩みを無くす方法はない。
②承認欲求を捨て「他者の人生」ではなく「自分の人生」を歩む。
③ 「自分と他者の課題を分離する」 し他者の課題に踏み込まず、自分の課題に踏み込ませない。

その考えのもとで、客観的にその「悩み」を見て対処することこそが、悩みを解消・緩和する究極的な方法なのだ。

まとめ

私たちはみんな、対人関係で悩んでいます。

そこで大事になってくるのが「これは誰の課題なのか?」を考えることです。

どこからが自分の課題で、どこからが他者の課題なのかを冷静に線引きする必要があります。

そして、他者の課題には介入せず、自分の課題には誰一人として介入させない。

この考えこそ対人関係の悩みを解消、緩和する画期的で合理的な考え方なのです。